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こんにちは。
採用担当の川嶋です。^^
今日は11月1日。
今年も残すところ2ヶ月…。
早くないですか?
もう?
ついこの前平成から令和になったと思ったら。
もう年末が迫ってこようとしています。
さて。
11月1日は古典の日です。
平安期に紫式部が書いた「源氏物語」。
寛弘5年11月1日、紫式部日記の中に源氏物語の登場人物である「若紫」に触れる部分があることから、この日を「古典の日」と制定されたそうです。
この古典の日には、源氏物語だけではなく芸能・芸術、茶道や華道などの文化、漢詩などが含まれ、明治期の作品まで入ります。
古典全般を含む「古典の日」ですが、きっかけとなった「源氏物語」、読んだことはありますか?
実は私もちゃんとは読んだことはありません。
漫画「あさきゆめみし」をちょっとかじったくらい。
なんとなーく知ってる、という程度です。
源氏物語はざっくりと二部に分かれます。
「桐壷」から「雲隠(くもがくれ)」までの41帖が光源氏の物語、「匂宮(におうのみや)」から「夢浮橋(ゆめのうきはし)」までの13帖は源氏の親友である頭の中将の長男・柏木と、源氏の妻の一人である女三宮(おんなさんのみや)との不義の子・薫の物語。全部で54帖からなります。
もっと物語を内容から細かく分けて三部構成、四部構成とする説もあります。
若紫とは「紫の上」のこと。
源氏の初恋の女性「藤壷」の姪にあたり、彼女の面影のある少女のことです。
ちなみに、1巻の「桐壷」は源氏の実母であり、帝(桐壷帝)の寵愛を受けていたものの、源氏が3歳の時に病死します。
彼女を亡くして深く嘆く帝を慰めるために、桐壷に生き写しの「藤壷」が入内し、帝の寵愛をうけるようになります。
この「藤壷」が源氏の初恋の人。
母に生き写しの女性が初恋相手とはもうすでにいろいろ複雑です。
平安期、貴族は一夫多妻が普通?と思わせるほど、源氏はさまざまな女性と関係を持ちます。
当時は男性が女性の元へ夜ごと通う、通い婚が普通でした。
物語の中で、源氏もいろんな女性の下へ通います。
正妻がいるにもかかわらず紫の上を囲い、正妻である葵の上が亡くなると間を置かずに紫の上と結婚。
簡単に書き出しただけでも酷い男ですが、それでも多くの読者に愛されているのはそれぞれの相手に真剣に向き合ってるからでしょうか。(だからと言って同時に複数人の女性に、というのは他の女性に失礼な気もしますが…)
いろんなタイプの女性が登場するので、イケメンにこんな風に愛されたい、と思うのかも?
平安当時の女性たちも、自分に置き換えて楽しんでいたのかもしれません。
平安時代には当然印刷技術などなかったので、原本や貸本を書き写していたそうです。
この頃から日本の識字率が高かったのがうかがえます。(とはいえ、上流に限られるでしょうが)
古文や漢文がはたして必要なのか、とたびたび論争が繰り広げられますが、どちらも日本語のルーツであり、表現の広さを学ぶことが出来ます。
何より、まずは知らなければ興味も持てないわけですから、学校の授業で一通り習うのは選択肢を広げる意味もあるのではと思います。
授業でちょっとかじって興味を持って、もっと深く知りたい、と大学を選ぶ人も少なからずいます。
何を面白いと思うかは人それぞれです。
自分が興味がないからといって、根本から「いらない」と切り捨てるのは乱暴です。
古いものを知らないと、何が新しいのかもわかりません。
ためしに「古典」と呼ばれるものに触れてみたら、意外と興味をひかれるものがあるかもしれません。(ㆁᴗㆁ✿)